第十八夜 心理蛾会顛末

またはマルヒはいかに友人をなくしたか

心理蛾会のはじまり…

窓の外には青空がひろがっていた。長髪で黒縁のめがねをかけた講師が、お猿の接近-接近コンフリクトについて説明していた。教養部の心理学の講義。講義の終わりかけ、
 『来週は、連休の谷間の日だから、休講にしましょうか、』
 講師がそういったとたん、おおぜいの学生がわっと声をあげた。
 ぼくが、はじめて彼女を見たのはその時だった。肩までのストレートの髪、隣にすわった友だちらしき女の子とうれしそうに声をかわしていた。

 その次にぼくが彼女を認識したのは、たった10人しか出席しなくなっていた物理の講義の時だった。教養部の文系を対象にした物理の講義。見るからにオールドリベラリストといった風貌の明石教授が指定したテキストはブルーバックスからでていた『詩人のための物理学』だった。
 月曜日の1講目というまるで悪意の塊のような時間割、初講からみるみる人が減っていたその教室で、ぼくはふたたび彼女の顔をみた。
 白状すると高校生の時、ぼくはいっぺんも女の子とつきあったことなどなかったし、寮生になってからも、それほど情熱をもって女の子とつきあおうと思ったことはなかった。もちろん彼女のことは可愛いと思ったけれど、それだからなにかアプローチしよう、などと思うことはなかった。

 3回目に見たとき、彼女は何人かの男どものなかにひとりいて、すこしだけ弘前の言葉をまじえながら楽しげに話していた。寮の情報網によると、地元弘前高校の出身、教育学部だという。
 ぼくは彼女のことを、心理学ねえさん と名づけた。

 ボーヤミウラは、人文学部の経済で同じクラス、しかも北溟寮で同じ1階だった。北海道帯広出身の彼とは、やれ麻雀だ、やれ飲酒だ、と、ぼくが彼女をはじめて認識した4月の終わり頃には、すでにどっぷり友人になっていた。
『なあ、いいだろう?あのこ、可愛いとおもわないか?』
『うんうん。おれもそう思う。』
こうして二人で結成されたのが 心理学ねえさんに群がる蛾になる会-略称『心理蛾会』(しんりがっかい)だった。その気になって観察すると、心理学ねえさんの回りには、いつも男が何人も群がっていたのだ。心理学ねえさんはその真ん中で、輝くばかりの笑顔を見せていた。地元の高校の出身だっから知人も多かったのだろう、その男たちはまるで心理学ねえさんという灯りに群がる蛾のようにみえた。ぼくとボーヤミウラもせめてあの群がる蛾の一匹になりたい。。。
 ボーヤミウラの同室だったイナビトさんや、カガさんにからかわれながら、心理蛾会の活動は続けられた。なに、活動って別になにもしない。ただ「心理学ねえさんがかわいい」と話すだけである。学年末試験の直前、例の『詩人のための物理学』に関して、図書館であった彼女と、ひとことだけ言葉をかわした。1年半後に確かめたら、彼女はそのことすら覚えていなかったようだが。
 ぼくは数少ないAを、その物理でとった。

…心理蛾会のおわり

 3年生の夏の終わり頃だったと思う。
 夏休み前の寮祭の頃から、しきりに4階のシモヤマが「心理学ねえさんとセッティングしてやる」といっていた。同じ教育学部のシモヤマはぼくらの事を彼女に話したらしい。もちろん1年のときからボーヤミウラとぼくが心理学ねえさんのことで、やいのやいの言っていたことはシモヤマも知っていたさ。だから、どうしてその時分になってそんな話がもちあがったのかよく覚えていない。

 そして土手町にあった喫茶店でボーヤミウラとぼくと心理学ねえさんはおちあい、2時間ほど話をした。なにやら英語を勉強して海外で仕事をする夢がある、とか彼女がいっていたことをおぼろげに覚えている。でもぼくはそんな話は聞いていなかった。ただ、彼女の大きな目がくるくるとよく動くことばかり見ていた。心理蛾会がこんな形で成就するとは想いもしなかった。
 さよならして帰るとき、たまたま自転車をどこか近くの場所に置いていた彼女とボーヤミウラがそこまで歩いていくことになった。ぼくは喫茶店の前からバイクにのって寮に戻った。

 その日がぼくがボーヤミウラと言葉を交わした最後の日となった。

 ぼくと彼が心理学ねえさんと会った話はまたたくまに寮中に広まっていく。ぼくもしゃべりまくった。すでにぼくらも3年生になっていたが、いつもの寮の連中は心理蛾会のいきさつのことをよく知っていたからだ。
 高揚した気分だったぼくは、しかし、その日の夜、寮の風呂で信じられない事をきいた。ボーヤミウラは次のデートの約束をとりつけた、という噂だ。自転車の場所まで歩いていった時に。 
 風呂の前、寮の食堂で顔をあわせた時、彼があいまいに目をそらしたのは、そんな理由があったのだ。

 夜、ぼくは、いつ部屋に彼が来るのか待っていた。
 『おれさ、こんど彼女と会う約束をしたんだぜ』
 そんなふうにぼくに直接いってくるのを待っていた。でも、彼はぼくの部屋に現れなかった。今から思うと十分滑稽だが、そのとき、ぼくは悲しくてしかたがなかった。別にデートするならすればいい。でも、どうしてぼくにいわないんだ、そんな想いばかりぐるぐる頭のなかを回っていた。自分で積極的な態度にでなかった事を棚にあげて。
 次の日も、その次の日も彼がぼくのところにくることはなかった。もちろん、ぼくが彼のしたことに気づいている、と彼は知っていたはずだが。寮の廊下や食堂ですれ違っても目をそらすだけ。ぼくはぼくで、自分から聞きにいきたくはなかった。

 冬になる頃、彼は寮をでて下宿にうつった。彼女と弘前の街のどこかを肩を並べて歩いていたという話をだれかから聞いた。けれど、ぼくはもうその時には何の感慨もうかばなかった。。。

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 てな具合に書いてみましたが、要するにうまく彼女への気持ちを表せなかった男が嫉妬しただけなんですな。悲しい気持ちは彼が裏切ったことによる、そんなふうに思いこんで自分の嫉妬心を隠そうとしていたんでしょう。ま、あっという間にその嫉妬心も薄れたとはいうものの、《その時のぼく》に申し訳ない気がして、怒りを増幅させていた。
 いまから考えると、馬鹿げたことをしたものだと思う。

 険悪な雰囲気になった彼と私のおかげで、まわりにいた寮生も不愉快な想いをしたと思う。もし20年前のこの些細な事件の不快感を覚えている人がいれば、ここで謝ります。どうもすみませんでした。

 それから彼にも。機会があったらどこかで会おうぜ。あれからもう20年だもの。
 (15 June, 2001)

◆その後、今は亡きタカナシの尽力がありマルヒは彼と再会した。卒業後、彼は地元に戻り信用金庫に職を得て彼の人生を送っていた。いまは年賀状のやりとりがある。
◆彼女が幸せな人生を送っていることを望むばかりである。
《2020/9/19》

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