第二十一夜 階対抗演劇大会

寮祭 その1

80年寮祭

寮祭時にある色々な企画のなかで、階対抗の演劇大会は何年かにわたって実施されていなかったが、80年には久しぶりに復活することになった。
 この年、マルヒは下手くそな脚本を書いた。他の階はさらにへぼかったらしく、めでたくわれわれ1階が一位をとることができた。

80年寮祭、演劇大会のリハーサル風景。食堂の入口側に机を並べてステージをつくり、後ろに幕をめぐらしている。ステージ前の幕は食堂を仕切るアコーディオンカーテンで代用

ただし演劇大会といってもたいしたことはない。たとえば、この時の3階がやったのは次のような寸劇を集めたものであった。
 コートに身を固めたケツコンノさん、クメらが七人の刑事のテーマを鼻歌で歌いながら死体の前にあつまり、そのなかのふたりが重々しく会話する。
「動機は?」
「息切れです……」
 ちなみにこのケツコンノさん、潔という名前だったのでこう呼ばれた。もうひとり3階には金野と書くコンノさんがいて、かれのほうはキンタマコンノだったのだ。あ~あ。

81年寮祭

81年寮祭 仮装行列のマルヒとタカナシ。うしろにウサギ姿のシモヤマ。インディアン姿はたぶん2階生。すでに『弘前高等学校』の幟を手にいれている。弘前市本町・小堀旅館の前。もうすぐ五重塔である

 次の年81年、1階には強い味方メグロがいた。才能のないマルヒがうんうんと面白くもない脚本を書いているのを見たメグロは
『ボクがやりましょうか』
と軽くいいきり、数日で傑作を書きあげた。もちろん監督も彼である。

 主人公は自分のアイデンティティーが確立できない大学生。監督メグロの強い要望で、2年生ながらチェリーサクライを抜擢した。後の配役はすべて1年生である。
 いつものようになにやら雑誌(『ポパイ』か『ホットドックプレス』でしょう、ここは)を小脇にふらふらとキャンパスを歩いているサクライ。このサクライを自分の仲間にひきいれようといろいろな連中が近づいてきては勧誘し、サクライは全部に調子のいいことをいってあわせてしまう。
 まず現れるのは、《民平》こと《民主平年同盟》のトンショ。からだの前に画板をぶらさげて、いつもの調子でニコニコしながら、
「署名お願いしまーす、平和のための署名をお願いしまーす」といいながらサクライを説得にかかる。
 
 次にミヨシ扮する《三本木闘争委員会》が登場。もちろん白ヘルに雄々しき『三本木』の文字、タオルの覆面をぶらさげている。カゲキなビラを手にしながら民平を非難して、サクライを自分の側にとりこもうとする。ガリガリと痩せたミヨシとその金属的な声はまさにアジそのもの。動揺するサクライ。
 
 そこにさらに「3分間ジカンクダサイ、アナタハぁ、カミヲぉ、シンジマスカぁ」と宣教師カメダが聖書らしき本を片手に登場して場が混乱してくる。学生服を後ろ前に着たカメダは大柄、かつ、どこか風貌も日本人ばなれしているところがあって適任。秋田出身のカメダのいつもの訥々とした喋りがそのまま怪しげな日本語になっている。

 サクライはその3者すべてに軽く応じ、次にそのいい加減さを3者から責められる。ところがそこで、窮鼠猫をかむ、俄然、反撃に転ずるサクライ。それぞれの欺瞞性をあばきたて、さらに見ている寮生の「自分」を疑って劇は終わる。

 こうやってあらすじだけを書いても、あまり面白そうじゃない?いやいや監督・脚本を担当したメグロの才気で、いかにもありそうな状況をおりこんでいるし、おまけにセリフは「生きて」いた。それに俳優たちの練習のかいもあって、われわれ1階の劇は食堂に集まった寮生を熱狂のうずにまきこんだ(いや誇張じゃなく歓声と拍手がすごかった)。うちあげにみんなで飲んだビールがうまかったこと。

 そのなかでマルヒが覚えている名セリフ。

 トンショ扮する民平が依頼する署名活動に、簡単にサクライが応じる場面。
  「署名おねがいします、署名お願いしまーす」
  「わかりました、署名します。。で、この署名、どこに提出するんですか?」
  「え?!こんなものどこにもだしゃあしませんよ!」
   (サクライ、ずっこける)
 ここは、うけた。日頃から、やれなんのかんのと署名ばかりさせる寮連だの民青などに寮生は飽き飽きしていたのだ。そのくせその署名が生かされたという話はどこからも聞こえてこない。この署名というやつ、今でもときおり書いてほしいと頼まれることがあるが、そのたびにこのセリフを思いだす。

 後半部でサクライが逆襲に転じるあたり。三本木闘争委員会のミヨシにむかって。
 「だいたい、あんた達ときたら ぼくら人民からカンパばかり集めてタクシーに乗ってるくせに。」
 見ている寮生から爆笑と拍手がわいた。寮生の誰もが常に中核派がタクシーを使って寮に出入りしてることを知っていた。中核派がどんな大義名分(対権力だか、戦争相手の革マル派対策だかしらないが)を唱えようと、たとえば雪解けの泥水の中てくてくと緑が丘まで歩いて寮にもどってくる寮生が、そのタクシー姿を見て割り切れないものを感じるのは当然だろう。そのくせ、彼らは内容に比して異常に高い機関紙を売りつけたり、カンパ要請ばかりしていたのだから。



 この演劇大会が行われた日の昼間、すでに寮食堂は別の企画で練習場所がなく、風呂場で練習したのを覚えている。しかし、すこしだけマジックがあった。気づいていますか?登場人物は必ず、なにか を手にしてるのである。学生サクライの雑誌、民平トンショの署名板、三本木ミヨシのアジビラ、宣教師カメダの聖書。そこに各自のせりふが書いてありカンニングすることができたのである。

 どこかにこの時の脚本が残っていませんか?>関係者。もしあったらこのページにでも再録したいんですが。。わたしもこの夏、実家に帰省したら探してみるつもりです。

(June 30, 2001) 

◆台本はマルヒの手元に残っていました。灯台もと暗し。
◆ということで39年の時を経て、この時の台本をアップします。
81年北溟祭 階対抗演劇大会 1階作品
◆もちろん、これは台本ですから、実際の上演時のセリフとは違いがあります。
◆なお、キャスト案として 三本木闘争委員会…カジタ、ミヨシ、アベ 民平…トンショ、アライ キリスト教…カメダ 学生…ヒロヒト、カモと書き込み。

《2020/9/29》