第五夜 水コン

三大コンパ その2

唯一公式全寮コンパ

新歓コンパから数日後。学校の入学式も終わりオリエンテーションが始まる頃、いよいよ《水コン》(みずこん)が開催される。なぜ《水コン》と呼ばれているのか、全くの謎なのだが、なぜか《水コン》。これは全寮コンパである。北溟寮で公式の全寮コンパとして毎年必ず開催されのといえるのはこの《水コン》ただひとつである。よってこの時は水フさん、作業員さん、事務の寮母さん、全員を招待する。

 食堂にぞくぞくと寮生が集まりはじめる。この日は公式全寮コンパにつき、夕食もコンパ仕様となる。食器を使用せず、たいていは二つの包みにはいったおかずとご飯になるのだ。
食事の時に使われる縦長の机が4つの島にわけられて縦に並べられる。それぞれの島は南側から1階から4階にわりあてられるのが通例。机の上には、各自の包みの他には申し訳程度にえびせんとか干鱈とかポテチとかの乾きもの。林立する日本酒のびん。あくまでビールとかは、あまりない。

 さて、各階の寮生が座る席の正面におかれた机には寮食堂で普段から使われているプラスックのどんぶりが4つ静かに置かれている。その横にはひしゃくが無造作につっこまれた《こもかぶり》の大樽がふたつ。それから大太鼓。
 はじめに登壇するのは、もちろん時の寮長である。前例にしたがって寮長は2年生または3年生なのが普通だが、さすが落ち着き払っている。寮長の簡単なあいさつの後、前に並べられた机のうえに、むかって左から1階、2階、3階、4階、各階の新入寮生がひとりずつ計4人並ぶ。彼等にそそがれる全寮200人の目、目、目。このなかで、新入寮生は例の《出身》をやらなくてはいけない。

出身 ふたたび 

胴に《弘高校章》が彫り込まれた大太鼓。ほかに《弘前高等學校應援団》《大正十五年六月一日》と彫られている

1階の1年生がはじめる
『しゅっしーーん…』
   声が裏返っている。無理もない
『北海道立北見北斗高校っっっ、、』
   「うおおおおおっっっ」先輩が加勢する声、当然ブーイングもかぶる
『北溟寮愛とまこ、、』
   「ナーンセンスッッッ」「ぶぅぅぅぅぶぅぅぅ」他の階生からすかさず大声のブーイング
1年生はこれに負けてはいけない。一瞬でもひるむと《もとえコール》がとんでくる。他の階の寮生は少しでも間違いを見つけようと聞き耳をたてている。同じ階の寮生はそんな他階の寮生の《もとえコール》を押しつぶさんと、大声で声援と拍手をおくる。とくに階長、同室ははらはらしている。あんまり間違いが多いと、《同室コール》または《階長コール》がかかって机上にあがって助けなくてはいけなくなるからだ。1階生から2階生、3階生、4階生と4人の名乗りが終わったところで、全寮生から『せぇーのぉ!ワッショイ! ワッショイ!…』がかかり4人は一気にどんぶりの酒を飲み干す。のみっぷりのいい1年生もいれば、つっかえつっかえ飲む1年生もいる。特に飲みっぷりがいい男には、たいてい『もういっぱい、もういっぱい』とアンコールがかかる。となると、もういちど《出身》をして、どんぶり酒にむかわなくてはならない。
 こうして、ひとりひとり全部の1年生が机上にあがり自分の紹介をおこなうのが水コンだ。

水コンの秘密

なんて野蛮な、と思うでしょう?ところがひとつだけトリックがあって前面に置かれたふたつの《こもかぶり》のうちひとつは日本酒ではなくて水がはいっている。ひょっとするとここが水コンの名前の由来かもしれない。酒が飲めない寮生のどんぶりに注がれるのは水なのである。
 ひととおり1年生の「出身」が終わると、次は先輩在寮生の芸の番だ。寮生も2年、3年ともなれば、各人の有名芸は知れわたっており、次から次へとコールがわきあがって、一瞬芸やら、歌やら、変わり出身やら、踊りやら芸が披露されていく。 

寮歌

水コン最後のしめは机を片付け全寮生が円陣となって肩を組み歌う寮歌『都も遠し』である。
寮長が序章を唱え始める、
 ゆきをぉ、いただくぅ、しゅうほう、いわきをせにぃぃぃぃ
 おおたるやこじょうのさくら、ゆうゆうたるいわきがわのしらべぇぇ
 けんらんたるわれらが せいしゅんのきょうえんはぁぁ むげにすぎやすしぃ
 しかれども、みずやきみぃぃぃ、ほっくめいにかがやくこうふくせいにかげはなくぅ
 ゆきとまごうおうりょうのめいか、とわにしぼまざらんことをぉぉぉ
 りょおりょおとみらいのうんめいをなげかんよりはぁぁ
 わかきおんちょうのせいかをたきてぇぇぇ
 かんっっらくのうまざけをくみかわしぃぃ
 いざいざおおかせん、きねんさいっっっっ
 

 北溟寮寮歌、みやこもとおしっっ アイン、ツヴァイ、ドライ!!

 ♪みやこも遠し津軽野に あふるる精気若人(わこうど)の
 ♪胸に希望の春はきて 高鳴る血潮紅(くれない)の
 ♪咲くは理想の花の色
 ♪潜むや大鳳(おおとり) みちのおく

 食堂に響く全寮生のがなり声。幻聴のように耳の奥に残っている。今はとおい。

《2001》

◆インターネットで《水コン》を検索すると最上位にでてくるのがお茶の水大学ミスコンテスト、なるほど。北溟寮の《水コン》とお茶大の《水コン》、両者の内容は比較の対象にもならないが、どちらもアナクロニズムの極みである。
◆入寮してはじめて肩を組み、寮歌をがなる機会が水コンである。生きた寮歌がそこにはあった。
◆大正生まれの大太鼓はいまどうなったろうか…。
《2020/8/31》

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