第八夜 寮の気風

わたしがイメージする寮

上下関係?

あるいは学生寮というところは、上下関係が厳しくて下級生は上級生のいうことを聞かなくちゃいけないところなのかも、と思っている人は多いかもしれない。いわゆる《体育会系》で、学年が下の人間は学年の上の人間のいうことを無条件に聞くことが麗しい伝統だと思っている人もしれない。また旧制高等学校時代から続くバンカラ風とはそういうことだと思われているかもしれない。

 わたし的には、声を大にしていいたい。『それは全く違う』と。

 マルヒにとっての《寮》、それは旧制・新制の違いを問わず何事にも縛られない《自由》と《友情》がある場所である。それぞれの個性が自分を主張しながら全体像ができあがるモザイクである。ステレオタイプからもっとも遠い位置にあるべきものである。

屋上からみる岩木山。《屋上就寝研究会》なるものをでっちあげて寝袋にもぐりこみ星空を見ながら寝た。

 四国でとある大学の寮に宿泊したことがある。私たちはそこの寮役員の人にこんなことをいわれた。
 「みなさんは3年生ですよね。廊下で下級生とすれちがうと、下級生があいさつをしてくるので必ず会釈を返してください」
 夏休み中で寮内に人は少なかったが確かに下級生らしき寮生が、廊下で上級生らしき寮生とすれ違うたびに直立不動で「おはようございますっ」だの「おすっ」だのとやっている。上級生は鷹揚に会釈を返している。
 私は思ったものだ。『バッカじゃなかろか。ここは帝国陸軍の内務班かあ?それとも南河内大応援団かあ?くぇくぇっ。』
 毎日の生活を共にしている同士が、ただ単に入寮年次が違うだけで、あいさつを下の学年に強要してなにになるんだろ。それを伝統的だと思ってるのは、まったくの見当違いじゃないか。相手を尊重してお互いにあいさつできるように、なぜ、ならないんだろう。

バンカラ?

 例えば《北鷹寮》の観桜会のことである。
北溟寮の観桜会はあのとおりのざまである。これが北鷹寮となると、寮生全員が学生服に身を固めて粛々とお城まで行進し、朝から場所取りをしていたところに円陣を組んでなにやら酒を飲んでいる。
 私は思ったものだ、『バッカじゃなかろか。』バンカラとは学生服やマントにある、とでも思ってるんだろうか?そんな行為は君らが模倣しようとしている《旧制高校生》からもっとも遠いところにあることがわからないのかい?

 寮長だったムーチョがこんな事を新入寮生にむけて書いていたのを覚えている。
『寮に入ると人と話す時間がたっぷり増える。上級生は、君たちをつかまえては、ああだこうだ、といろんな事を話すだろう。例えば、学校の事だったりすることもあろうし、政治のことや哲学の事や女の子の話であることもあるだろう。北溟寮に住んでいる者なら、そこで最後にこうつけ加える。「……というのは俺の考え方だ。このあと君は自分で考えなくちゃいけない」……』いいこと言うじゃないか、ムーチョ。

極私的 北溟寮の気風

 マルヒの心の中では、生徒を最大限に信用してくれた高校時代--松本深志の自由奔放でおおらかな空気と、旧制高等学校の自治寮のイメージとは、完全にオーバーラップしているらしい。外面より内面を。服従より反骨を。諧調より乱調を。自由を、自治を。

 戦前のエリートのものであった北溟寮から、田舎の駅弁大学の寮に、北溟寮は変わっていった。
 弘前「大学」の北溟寮などは私とはなんの関係もない、といい放つ旧制弘前高OBもいるであろう。
 大学の寮なんて、人間関係が煩わしくてつまんない行事ばかりあってそんな場所に住みたくない、という学生もいるだろう。

 それでも、わたしは今でも信じている。何事にも縛られない《自由》と《友情》の場所を。それぞれの個性が自分の主張をしながら、全体像ができあがるモザイクを。それが北溟寮の気風だと。
《2001》

◆《南河内大応援団かあ?くぇくぇくぇっ》とあるが、それは『嗚呼!!花の応援団』(どおくまん・作)というマルヒが高校生の頃はやったマンガ。南河内大学応援団親衛隊長・青田赤道が「クェックェックェ」とか「ちょんわちょんわ」とか口走る。
◆四国のある大学の寮とは大学3年生の夏、バイクツーリングの途中で立ち寄った高知大学・南溟寮のことである。いわば北溟寮のむこうの端。この時のツーリングのこともどこかで書き残すだろう。ちなみにこの時マルヒが宿泊した寮は…立命館大学・衣笠寮、徳島大学・晨鐘寮、高知大学・南溟寮、大分大学・紫岳寮、宮崎大学・鴻志寮、鹿児島大学・寮名不詳、熊本大学・寮名不詳、九州工科大学・寮名不詳、鳥取大学・北斗寮であった。

《2020/8/31》

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